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令和3年地価公示が突きつける商業地の厳しい現実
井口克美の“住まいるup”、第4回目は「インバウンド消滅で地価公示大幅下落のミナミ、復活の鍵は…」をお届けします。インバウンド需要の消滅で、全国的にも都市部の商業地の地価下落は予想通りの結果ではありますが、ミナミの厳しい現実を改めてデータで突きつけられた気がします。
2021年3月24日、国土交通省は「令和3年地価公示」を発表しました。
欧州を中心に新型コロナウイルスの感染拡大が続いた2020年3月中旬、世界各国の流れ同様に日本政府は対象地域の入国拒否、渡航制限など水際対策を強化しました。その2か月前までは世界中の人々が国境を超える空前の旅行ブームと言える状況でした。日本を訪れる外国人旅行者(インバウンド)も右肩上がりで増加し、世界でも屈指の人気国としての賑わいだったことは、ご存知の通りでしょう。
大阪人気も高く、大阪府による「主要5か国・地域別 来阪外国人旅行者数(推計値)」2019年は1,230.6万人とのことです。訪日外客数が3,188.2万人ですから、日本を訪れる外国人観光客の実に39%が大阪を訪れていた計算になります。
日本で最も地価が下落した大阪ミナミ、下落率20%以上の5地点も集中
大阪市内の商業地も軒並み大きく下落している中で、特に「ミナミ」の下落率が突出しています。心斎橋筋・道頓堀・千日前・黒門市場エリアの繁華街の総称として愛される「ミナミ」。お洒落で洗練されたオトナのイメージ漂う梅田・北新地エリアの「キタ」とともに関西屈指の繁華街を形成しています。
なんばグランド花月や大阪松竹座をはじめ伝統芸能やエンターテインメントの発信地でもあり、たこ焼きやお好み焼などの地元グルメ、若者の聖地・アメリカ村、かに道楽やグリコの巨大看板(道頓堀グリコサイン)など、大阪らしさ全開のミナミは、日本人旅行者はもちろん、外国人旅行者にとっても魅力あふれる街であり、インバウンド需要の恩恵を最も受けた都市の一つでもあるでしょう。
ただ、インバウンド需要の急増により地価が急上昇した分、その反動を受けるように大幅下落の結果となってしまいました。全国の商業地下落率トップ10のうち、「ミナミ」が8地点を占めており、更に全国で5地点しかない下落率20%以上は全てミナミに集中しています。
特に大正9年(1920年)創業で、巨大なとらふぐ提灯がトレードマークの老舗ふぐ料理店「づぼらや」道頓堀跡地の地価は全国で最も下落率が高い約28%下落となってしまいました。今回の地価の大幅下落を暗示するかのように、2020年9月に惜しまれつつ閉店してしまいましたが…。
インバウンド需要の増加による街の変化は自然の流れだったが…
前述したように「主要5か国・地域別 来阪外国人旅行者数」の2019年は1,230.6万人です。2011年の158万人から順調に増加していました。また、このデータは韓国・台湾・中国・香港・アメリカからの旅行者が対象ですから、欧州はじめその他地域からの旅行者数を含めた数字はより多くなります。
訪日(特に来阪)外国人旅行者数の増加に比例するように、大阪の世界的知名度もアップしました。英誌エコノミストの調査部門が2018年8月に発表した「世界の最も住みやすい都市」ランキングで、日本からは東京の7位を上回り、大阪が3位にランクインする快挙を達成。
世界的にも観光都市として認知されつつあった大阪において、ミナミは屈指の人気エリアとしてインバウンド需要の恩恵を受けてきたと言えるでしょう。いつしかドラッグストアや家電量販店、そして百貨店までもがインバウンド需要を優先した商品ラインナップやフロア構成へシフトし、大阪グルメが味わえる大小様々な飲食店が毎週のようにオープンする活況でした。
食い倒れの街・大阪を象徴する「黒門市場」は、インバウンド需要への舵取りの筆頭として、競うように単価の高い飲食品・商品が並ぶように-。かつての「庶民の台所」は、小銭で気軽に食べられる商品を探す方が難しい商店街へと変貌しました。観光バスがミナミに集まり、中国人を中心とした外国人旅行者で人気スポットや商店街はあふれ、地元の市民や日本人旅行者の方が遠慮するほど、ミナミは観光地として大きな発展を遂げるとともに、一昔前のミナミのイメージとはかけ離れていくようにも感じられ、寂しさもありました。
そして2020年には東京オリンピック・パラリンピックの開催が予定されていましたので、本来であれば2020年は日本国内における過去最高のインバウンド需要が見込めるはずだったことでしょう。このようにインバウンド需要による更なる特需を想定していた関係各社・飲食店等経営者に、想定外としか言いようがない新型コロナウイルスの出現により、一瞬でインバウンド需要の消滅が訪れてしまいました。
ただ、ミナミをはじめ、日本国内がインバウンド需要に依存し過ぎていたと言うのは簡単ですが、それは余りにも酷な話でしょう。この新型コロナウイルスに関する一連の出来事は、世界全体にとっても予想不可能であり、まさに天変地異と呼ぶしかない「不可抗力」な事態だからです。
ミナミの大幅下落、関西最高価格の地点はキタに明け渡す結果に
地価の観点で見ると、ここ数年はインバウンド需要の恩恵によるテナント賃料の大幅上昇に比例するように、訪日外国人旅行者を見込んだ商業施設やホテルの建設ラッシュが地価を大きく押し上げる構図が続いていました。
しかし、インバウンド需要の突然の消滅により、通りに面したいわゆる「路面店」のドラッグストアや飲食店などが次々と撤退。「不要不急の外出自粛」「営業時間短縮の要請」のあおりを受けるカタチで閉店した飲食店も多く、さらには、そのテナントの後釜として賃料を下げても次の店舗が決まらない悪循環に陥り、負のスパイラルを断ち切れないまま土地の取引も低迷し、今回の公示地価ミナミ大幅下落につながってしまいました。
2018年の同発表で、「キタ」を抜いて関西最高価格の地点となった「ミナミ」の住友商事心斎橋ビル(住居表示:大阪市中央区宗右衛門町7-2)が2021年発表では2,870万円/㎡から2,110万円/㎡と約26.5%下落したことにより、関西最高価格の地点は2,290万円/㎡で「キタ」のグランフロント大阪南館(住居表示:大阪市北区大深町4-20、2290万円/㎡)になりました。「ミナミ」は関西最高価格1位の座を「キタ」に明け渡すことになりました。キタは4年ぶりの返り咲きになります。
梅田・北新地を中心とする「キタ」エリアは、インバウンド需要の消滅によるダメージはあるものの、関西屈指の交通アクセスを誇る「オフィス需要」により、大幅下落につながることなく持ちこたえている状況でしょう。ただ、昨今の社会情勢によるテレワークや在宅ワーク、出勤7割減などの推進もあり、「オフィス需要」への過度な期待はリスクがあり、「キタ」も当面は予断を許さない状況が続くでしょう。
待たれるミナミの復活! 状況が整えば早ければ2022年にも復活傾向も
ここまでミナミが直面する厳しい現実ばかりの内容となってしまいました。大阪はもちろん、関西を愛する一人としてミナミの復活を願うばかりです。「では、ミナミの復活はいつごろでしょうか?」との問いには「意外と早く、状況が整えば早ければ来年2022年にも復活の兆しが見えてくるのではないかと思います」とお応えすることでしょう。
もともと、「食い倒れの街」として食文化が豊かで、前述したように吉本興業が運営するお笑い・喜劇専門の劇場「なんばグランド花月」、大阪松竹座をはじめ伝統芸能やエンターテインメントの文化が根付いています。このwithコロナが続く現状では、海外旅行に行けない日本人が、国内の旅行先として「大阪・ミナミ」を選んでくれることも想定できます。
もちろん、海外旅行の制限が緩和され、いわゆる国境を超える旅行が比較的自由にできるような状況にまで改善されれば、ミナミ擁する大阪は世界的にも人気のある観光地ですから、インバウンド需要が最高潮だった2019年の特需には程遠いでしょうが、日本国内・国外から多くの旅行者が訪れてくれることでしょう。
また、大阪市内では関西最高価格地点の近隣エリアでの「うめきた2期築開発プロジェクト」や「2025年日本国際博覧会(略称「大阪・関西万博」)」 、「なにわ筋線の開通※」など、世界的なイベントの開催や魅力的な街の開発が続きます。将来的に考えれば、大阪はインバウンド需要に応えられる魅力的なコンテンツが充実する街であり続けるでしょう。実際、地価が下落したことをチャンスと捉えて、土地を購入する動きもでてきていると聞きます。
※なにわ筋線…うめきた(大阪)地下駅(2023年春に「大阪駅」として開業)と、JR難波駅および南海本線の新今宮駅をつなぐ新たな鉄道路線として関西高速鉄道が鉄道施設を整備・保有し、JR西日本および南海電鉄が鉄道施設を使用して旅客営業する計画です。なにわ筋線の整備により、関西国際空港や新大阪駅へのアクセス性の向上、鉄道ネットワークの強化、大阪の南北都市軸の強化などの効果が図られることになります。2031年春開業に向け、関係者と協力し計画を進めています。(引用:JR西日本公式サイト)
本記事のまとめ
西日本を代表する繁華街・ミナミの本格的な復活は、インバウンド需要の回復が鍵ではあります。ただ、これまでのように“ミナミを訪れてお金を消費して終わり”の街ではなく、違う視点での街づくりも必要でしょう。
今はインターネットで世界中の商品・サービスが自宅に届く時代であり、昔のように爆買目当てのドラッグストアなどの店舗の必要性は、より下がるでしょう。
また、ミナミの狭い場所に一極集中するのではなく、もう少し広い範囲に人が流れるような仕掛けや、施設も必要ではないでしょうか。
外国人旅行者に受け入れられやすい「大阪らしさ」をアピールすることも大切ですが、日本人旅行者も楽しめるエンターテインメントなどの更なる充実も求められるでしょう。
エリア的にもまだまだ開発の余地はあると思われます。厳しい状況に直面している今だからこそ、デベロッパーの腕の見せどころでもあります。
井口克美の”住まいるup”
オウンドメディア「crel@b(クリラボ)」の住宅評論家コラム。「関西の不動産業界のことならお任せ」の住宅評論家・井口克美氏が、「新築マンション事情」「戸建て事情」「首都圏と近畿圏の違い」「業界あるある」など、様々な角度から真面目に、時には面白おかしく皆様の「住まい」と「スマイル」のアップをお届けします。一般社団法人住まいる総合研究所代表理事。